<辺野古死傷事故と南丹男児遺棄事件に見る不可解すぎるメディアの報道格差>
「メディアが同志社事件に自主規制をかける理由として、反基地運動や平和教育が左派・リベラル層の支持を集めるテーマであるため、批判報道が「反平和」と見なされる恐れを避けているとの分析が各所でなされている。」
いつものメディアの報道格差です。
<辺野古死傷事故と南丹男児遺棄事件に見る不可解すぎるメディアの報道格差>
南丹市で起きた11歳男児遺棄事件と、同志社国際高校の修学旅行生が巻き込まれた辺野古沖転覆事故は、どちらも京都府内の子どもの命にかかわる重大事案である。両事件とも未来ある子どもが失われた悲劇であるにもかかわらず、メディアの扱いは極端に異なる。南丹市事件は連日詳細に報じられる一方、同志社国際の事件は発生直後の速報以降、背景や学校側や運行団体である「ヘリ基地反対協議会」の責任をほとんど掘り下げず、報道量が著しく少ない状況がいまだに続いている。
2026.04.19・アゴラ編集部・https://agora-web.jp/archives/260419011931.html